ちょっと短編小説♡第四夜｜うた／人妻密会

ちょっと短編小説♡第四夜

2025/05/11 (日) 15:00:03

 ー第四夜：選ばれぬふたりー

約束の夜、ホテルのロビーには、

絵里子ひとりがいた。

いつもなら直人は先に来て、

笑顔で手を振っていた。

だがこの夜は、何度時計を見ても

彼の姿はなかった。

彼の妻が訪ねてきたあの日から、

絵里子の心は揺れ続けていた。

「あなたは、彼を本当に愛してますか？」

あの問いにまだ答えを出せずに

いた。

スマホが震える。
画面には直人の名前と、たった

一行のメッセージ。

「ごめん。今日は行けない。

もう、会わない方がいい。」

涙は出なかった。ただ、すべてが

終わったことを、静かに理解した。

ロビーを出て、夜の街へ歩き出す。
冷たい風が頬をかすめる。

交差点の向こうで信号を待つ人の

中に、ふと直人に似た背中を見つ

ける。

だが、もう追わない。

この関係に、愛があったのか――

今もわからない。

ただひとつ確かなのは、誰のものでもない心が、ほんのひととき重なったということ。

振り返らず、絵里子は夜の街に消えた。
 

完