忍法を極めた陰の女｜藤沢／グッドワイフ

先日、上野駅に着いたときのこと。

電車が減速して、
「もうすぐ扉が開くな」と思ったその直前、
目の前の扉の向こうに、
細くて華奢なおばあさんが静かに立っているのが見えた。

紙袋を抱えていたから、
重かったら持ってあげようかな、と一瞬だけ思った。
けれど、その気遣いはすぐに必要ないと分かった。

扉が開いた瞬間、
おばあさんは音もなく歩き出した。
まっすぐエレベーターへ向かうその背中は、
無駄のない速さなのに、誰よりも軽かった。目にも止まらぬ速さとはあのことなのか？

周囲を押しのけることもないのに、
ふと気づけば、自然と道がひらいていくような歩き方だった。

そのとき、心の中でひとつ言葉が浮かんだ。

「……忍者みたいだな」

エスカレーターでは、
スンスンスンスンと、穏やかなリズムで一段ずつ登っていく。
焦らない速さ。
迷いのない呼吸。

私は追いつけなかった。

紙袋が重かったら助けようと思っていたけれど、
先日だけは、その考えが少しだけ浅かった。
あのおばあさんは、支えられる側の人じゃない。

あの一瞬の動きだけで分かる。
積み重ねてきた生き方の濃度。
静かに磨かれた強さ。

日常にふっと紛れて現れた、
忍法を極めた影の女。



ただそれだけの光景なのに、
少しだけ、背筋が伸びた。



藤沢🥷