エレベーター｜藤沢／グッドワイフ

エレベーター

2025/12/03 (水) 00:31:35

ジムに向かうエレベーターで、
何気ない出来事があった。

小さな男の子とお母さんが乗っていた。
スイミングスクールへ行く前らしく、
小さなスクールリュックを背中に固く押し当てていた。

男の子はグズグズしていた。
わがままなのかな、
おばあちゃんと来たかっただけなのかもしれない、
そんなふうに思いながら見ていた。

「ばあばがいないのやだよ」
男の子が言った。

行きたくない理由としての、子どもらしいわがまま。
ただそれだけの会話、
そう思った瞬間——

お母さんの淡々とした返しが来た。

「ばあばはお空でいつも見てくれてるよ」

その“間”のなかに、
説明できない葛藤が沈んだ。

「でも......会いたい......」

小さく漏れた言葉は、
どこにも届かない願いの形をしていた。

その時、彼と目が合った。
涙はこぼれそうで、
まっすぐで、強くて、悲しい目だった。

胸の真ん中が、
素手でえぐりとられたような感覚。
エレベーターを降りた瞬間、
涙が自然とこぼれた。

何もしてあげられなかった。
ただ一緒にその一瞬を受け取るしかなかった。

今日はその出来事が、
ずっと胸の奥に残っている。

それだけのことなのに。
それだけのことじゃなかった。