しおり
敏感ハーフ美脚奥様♪
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本日 12:0016:00
第3話 花火のしおり。
2026/08/16 (日) 23:32:24

最初は、
本当に小さな花火だった。
指先が少し痺れて、
一瞬だけ光る程度の花火。
それなら、
いつでも消せると思っていた。
でも、いつからだろう。
私の中で弾ける花火は、
少しずつ大きくなっていた。
もう、
名前を呼ばれるだけでは
終わらなくなっていた。
近づいてくる体温。
耳元に触れる吐息。
触れそうで、
まだ触れない唇。
次はどこに触れられるのか分からない、
ほんの数秒の沈黙。
その時間が、
実際に触れられることよりも
ずっと恥ずかしくて、
ずっと熱かった。
その人は、
私の本当の名前を知らない。
私が誰の妻なのかも、
誰の母親なのかも知らない。
私が朝、
どんな顔で家族を送り出したのかも。
ここを出たあと、
どんな顔で家に帰るのかも。
知らない。
その人の前にいる私は、
最初から最後まで
「しおり」だった。
「しおりさん」
もう一度、
耳元で私の名前が呼ばれた。
その瞬間、
背中に回された手に
少しだけ力が入った。
身体が近づく。
逃げようと思えば、
逃げられるくらいの距離。
それなのに私は、
逃げなかった。
むしろ、
その先を待っている自分がいた。
薄い布越しに伝わる体温。
重なりそうなほど近づいた呼吸。
そして??
私の身体は、
私より先に答えてしまった。
「ぱちっ」と弾けるような
小さな音ではなかった。
もっと深いところで、
何かが大きく弾けた。
その時だった。
離れた場所に置いていたスマートフォンが、
短く震えた。
一度。
少し間を置いて、
もう一度。
突然、
現実へ引き戻された。
夫かもしれない。
子どもに何かあったのかもしれない。
それとも??
何かを知ってしまったのかもしれない。
画面を確認してもいないのに、
背中を冷たいものが伝った。
ついさっきまで、
触れられることを待っていた身体が、
今度は別の意味で震えていた。
誰にも知られてはいけない場所で、
私は本当の私を隠している。
そして画面の向こうでは、
本当の私を知っている人が、
何も知らないまま
私からの返事を待っている。
そのことが怖かった。
けれど同時に、
その怖さまでが
身体に残った熱と混ざっていくような気がした。
危険だから、
やめたいのだろうか。
危険だからこそ、
もう少しだけ見ていたいのだろうか。
自分でも分からなかった。
仕事が終わってから、
ようやくスマートフォンを手に取った。
夫からだった。
『何時頃帰りますか?』
それだけだった。
何も知らない人からのメッセージに見えた。
だから私も、
いつもと同じように返事をした。
『いつもと同じくらいです。』
嘘ではなかった。
帰る時間だけは。
人は、
花火は空で弾けるものだと思っている。
私も、そう思っていた。
でも違った。
空より先に、
人の身体と心の中で弾ける花火もある。
見えないから、
誰にも気づかれない。
音がしないから、
すぐ隣にいる人にさえ聞こえない。
けれど、
一度火がついてしまえば、
何も知らなかった頃には戻れない。
私の花火は今、
誰かに見つかった瞬間、
すべてが終わってしまうかもしれない
フィナーレへ向かっている。
それでも私は、
その火を消せないまま
家へ帰った。
玄関のドアを開けると、
夫はいつもと変わらない顔で
「おかえり」と言った。
私も、
いつもと変わらない顔で
「ただいま」と答えた。
夫は何も聞かなかった。
どこへ行っていたのか。
誰と会っていたのか。
今日、
どんな声で名前を呼ばれたのか。
何も。
*****************
数日後。
約束していた通り、
近所の公園で
ママ友たちや子どもたちと一緒に
手持ち花火をした。
子どもたちは歓声を上げながら、
次々に花火へ火をつけた。
赤。
青。
緑。
小さな光が、
暗闇の中で弾けては消えていった。
私は少し離れた場所から、
その光景を眺めていた。
以前の私なら、
早く終わればいいと思っていたかもしれない。
暑くて、
煙たくて、
すぐに消えてしまうだけの光。
でも、その夜は違った。
火がつく直前の静けさも、
突然弾ける光も、
火が消えたあとに残る匂いも、
嫌いではなかった。
最後の一本が消えると、
辺りは急に暗くなった。
それでも目の奥には、
さっきまでの光が残っていた。
花火は消えたあとも、
しばらく見える。
まるで、
身体に残る記憶のように。
その夜。
子どもを寝かせてリビングへ戻ると、
夫がテーブルの上を片づけていた。
その手が、
一枚の黒い紙の上で止まった。
見覚えのある表紙。
『花火のしおり』
あの日、
私の心臓を止めかけた
小さなパンフレットだった。
夫はそれを手に取り、
何気ない声で言った。
「花火も終わったし……」
そこで一度、
言葉を止めた。
そして、
私の顔を見ながら尋ねた。
「この『しおり』、
もういらないよね?」
心臓が、
大きく鳴った。
「この、しおり」
夫が言っているのは、
その手に持っているパンフレットだ。
そんなことは分かっている。
それなのに、
私はすぐに答えられなかった。
夫の指が、
表紙に書かれた
「しおり」という文字の上に重なっていた。
偶然なのだろうか。
本当に、
ただ捨てようとしているだけなのだろうか。
それとも。
あの日からずっと、
私がどんな顔をするのか
見ていたのだろうか。
夫は何も言わず、
私の返事を待っていた。
私は、
パンフレットから夫の目へ
ゆっくりと視線を移した。
その表情には、
何の意味もないように見えた。
少なくとも、
私にはそう見えた。
「……ううん」
自分でも驚くほど、
小さな声だった。
「まだ、
取っておいて」
夫は、
ほんの一瞬だけ黙った。
「そう?」
それ以上、
理由は聞かなかった。
パンフレットをもう一度折り、
リビングの引き出しに入れた。
引き出しが閉まる直前、
黒い表紙に書かれた
「しおり」という文字が、
暗闇の中へ消えていった。
夫はまだ知らない。
少なくとも私は、
そう信じている。
でも、
私にはもう分かっていた。
「しおり」は、
嘘から生まれた別の女ではなかった。
妻と母というページの間で、
長い間押しつぶされていた
私自身の一部だった。
私は、
これからもずっと「しおり」でいると
決めたわけではない。
でも、
まだ終わらせることもできなかった。
メイクを落とせば、
鏡の中の「しおり」は消える。
だからといって、
その名前で感じた熱まで
消えるわけではない。
一度光を見てしまった人は、
自分が暗闇の中にいたことを、


